星空の解放日
麦星すばる
蝶結び
私の髪飾りはつけるつもりはなかった。あの日の鈴の音を聞くまでは。
「くるみお嬢様。お言葉ですが
もう少し、おしゃれに関心を持ってもよろしいのでは?」
「霜村さん、私はあまり堅苦しいのも
可愛らしいものも好みではないの。
だって自分には似合わないもの」
古坂家に生まれた私は上品に振る舞わなければいけない。
小さい頃からずっと礼儀作法も身だしなみも厳しく教わってきた。
けれど、その厳しさから、
年相応のおしゃれの楽しみも分からず、
髪もどんどん伸びてきてしまった。
「くるみお嬢様。髪を伸ばしたままにするのなら、
日々のケアが大切になってきます。
それが難しければ、ショートヘアにされてみては?」
「ハサミが髪を切るあの感覚。痛く感じて嫌いなの」
「それは困りましたね・・」
霜村さんが困った顔をして私を見つめる。
私の髪は飾り気のないストレートヘア。前髪で目が隠れている。
周りからは人形みたいだと言われ、クラスメイトも古坂家が持つ固いイメージと、
私の人形のような見た目の怖さから私の近くに寄る人はいなくなってしまった。
「せめて、前髪だけでも短くされませんか?
くるみお嬢様はもっと広い世界を見るべきです。
くるみお嬢様がお好きな歴史も世界中で起きた出来事をまとめたものでございます」
「分かっているけれど・・。
私は家族とばあやと霜村さんがいなければ一人ぼっちですわ。
私が見る世界を広げても、その世界には私一人なら意味がありません」
「・・今日は学校へ行けそうですか?」
「行きますわ。みなさんに迷惑をかけられませんから」
私は車から降りた。
周りには仲良さそうに歩く同じ学校の人達。
私には関係ないけれど。
私を見てコソコソ言う人がいても私には関係ないけれど。
勉強をしなくては。
迷惑をかけないように勉強だけはしなくては。
そう思いながら歩いていく。
何を思ったのか、私に声をかけた男の子がいた。
「やーい!人形!!お・ば・け!!」
それにつられるかのようにもうひとりの男の子も私に向かって言う。
「古坂家はおばけ屋敷なんだろ?お前だっておばけなんだろ?」
周囲がざわつきはじめる。
「え?古坂?古坂ってあの古坂家?やばくない?」
「たしかにあの子、幽霊みたいかも・・。怖い・・」
ざわつきが強くなり、私は色んな子に囲まれていた。
「古坂家っておばけが住んでるのか?ていうかお前がおばけだもんな!」
「おばけだから過去の出来事に詳しいんだな、あはは!」
私は私のことよりも家のことをバカにされていることが許せなかった。
声に出そうとしたそのとき。
「君たち!やめなさい!」
鈴の音が響く。
私の目の前には鈴のついたカチューシャをつけた
ショートヘアの女の子と背の高い男の子が立っていた。
「人の悪口言ってると自分に跳ね返ってくるぞ。
古坂に謝れよ。謝れないならここにいる全員の担任と校長先生に全部言うからな」
男の子が言うと私を囲んでいた子たちは逃げるように走っていった。
女の子が私の手を握る。
「大丈夫?怖かったよね」
「あ、あの・・私・・・」
「泣いてない?」
女の子が私の前髪をめくる。女の子は私が涙を浮かべてないことを確認してにっこりする。
「よかったあ。あと、やっぱりあなたの瞳はきれいだから、
前髪はもう少し短くしてもいいんじゃないかな?」
「そう・・ですか?」
「そうだよ。あと、ただのロングヘアーじゃなくて・・」
女の子が私の髪の少しを三つ編みにしていく。
「ほら、こういう風にするだけでも違うでしょ?あと、これもあげる」
女の子はリボンの髪飾りを私につけてみせる。
「どうして・・髪飾りをしているのに別の髪飾りを持ってるのですか?」
「私のカチューシャはおばあちゃんの手作りだから、
カチューシャが壊れても髪になにかつけられるように
予備で持ってるんだよ。あげるよ」
「・・ありがとうございます。
・・初対面なのにどうしてこんなに優しくしてくださるのですか?」
「困ってる人がいたら放っておけないよ。ね?大河」
女の子が男の子を見る。
「ああ、さっきのはあんまりだった。あとで担任の先生にも相談してみるよ」
「・・本当にありがとうございます。私は古坂くるみですわ」
「私は稲荷ほのかだよ。こっちは七木大河。古坂さんは隣のクラスだよね?何かあったらおいでよ」
「おふたりとも、くるみでいいですわ」
「じゃあ、私もほのかでいい。大河も大河でいいよね?」
「ああ。七木って呼ばれるのも変だし」
「ほのかさん、大河さん、ありがとうございます。あの、教室まで一緒に来てもらってもいいですか?心配・・なので」
ほのかさんと大河さんはうなづき、私を教室まで連れて行ってくれた。
けれど、私は午前中で学校を早退した。行かなければいけない場所ができたから。
「霜村さん、この住所の美容院に連れて行ってくださいな」
「・・承知いたしました。その髪型を見ると、なにか良い変化があったのですね」
「ええ。新しい世界を見るのです。この目で」
学校を早退した私は、美容院に連れて行ってもらった。
前髪を切り、伸びていた髪も少し切り落とした。
ロングヘアーには変わりないけれど、
傷んでいるところを切ってもらい、スッキリさせた。
美容院から出ると、青い空がきれいに見える。
「・・空はこんなに青くてきれいだったのですね」
「くるみお嬢様、このような小さな美容院でよかったのですか?」
「ええ。私のお友達が教えてくれたおすすめの場所ですから」
私はほのかさんに
どの美容院に行っているのか聞いて、
ここなら大丈夫と信じて飛び出したのだった。
いつもよりも空が明るく見えた。
「・・ほのかさんと大河さんを見てお話できるように、頑張らなくては」
家に帰るとスッキリした私を見て両親が喜んでくれた。
ばあやも嬉しそうな顔をしている。
「くるみちゃん、美容院苦手なのに頑張ったねえ」
「ありがとう、ばあや。お友達のおかげですわ」
「それじゃあこれもつけられるねえ」
ばあやが引き出しから花の髪飾りを取り出した。
これなら髪にカチューシャをつけているほのかさんみたいになれるかしら。
早速つけてみる。
「うんうん、似合ってるねえ。くるみちゃんはおしゃれさんの一歩を踏み出したねえ」
「お母さんも安心したわ。よく頑張ったわね。くるみ」
ああ、私が世界を広げることでこんなに喜ばれるなんて。
私は涙を浮かべていた。そして、ほのかさんや大河さんを浮かべながら眠りについた。
翌日。ばあやからもらった髪飾りをつけて、霜村さんに三つ編みにしてもらう。
車から降りて私が学校へ向かって歩いていると、周りがざわめきはじめる。
またおばけと言われるのかしら?
「だ、誰だ・・?もしかして古坂?あんなに美人だったのか?」
「や、やべ、おばけなんて言ってしまった・・」
例の男の子たちだろうか。
気まずそうに私から距離を置く。
そんな私に近寄ってきたのはほのかさんと大河さんだった。
「おっはよ、くるみちゃん!髪切ったんだね!いい感じ!
それに髪飾りも似合ってる。」
「ありがとうございます。ばあやがくれたものですの。
やっぱりほのかさんからいただくのは悪いからお返ししますわ」
私はほのかさんがくれた髪飾りを返す。
「え?いいの?
えへへ、実はお母さんからもらった髪飾りだったから返してもらえてよかったよ」
「まあ!そんなに大切なものを。
ほのかさんはご自分を大事にしたほうがよろしいですわ」
「そうなんだよ。こいつ、自分のことを置いて他人のために頑張るタイプだからもっと言ってやってくれ」
大河さんがほのかさんの頭をなでて言う。
今まで学校に友達はいなかったけれど、このふたりなら。
「あの・・ほのかさん、大河さん。私とお友達になってくださいませんか?」
「何を今更!俺たちはもう友達だろ? な、ほのか?」
「そうだよ、くるみちゃん!私たちは友達だよ!」
ふたりの迷いない答えに思わず私は泣きそうになる。
「もう、くるみちゃんったら!・・もしかして、私と大河が初めてのお友達?」
「ええ。ずっと勉強ばかりでしたし、あの身なりでは人が離れてしまいますもの」
「大丈夫、私と大河を通して少しずつお話できるようになるよ!」
それから、ほのかさんと大河さんの進路は私立星ノ川学園の文学部に決まった。
私も迷わず同じ文学部の受験をした。
問題なく合格することができた。卒業式が待ち遠しかった。
私は相変わらずほのかさんと大河さんとしか話さなかったけれど、
それでも限られた小学校生活は楽しかった。
卒業式が終わり、そして入学式。
「おはよう!くるみちゃん」
「おはようございます、いなほちゃん!」
「い、いなほ・・?稲穂?」
「稲荷ほのかさん、だからいなほちゃんですわ!」
「くるみちゃん、明るくなったね!」
あなたに出会うまでは、こんなに世界が広くなることも、明るく見えることもきっとなかった。
とっても感謝している。
だから、あなたに悪者が近づいてきたら。そのときは私が追い払う番。
きっと守ってみせる。